村は一夜にして廃墟になっていた。 半分程崩れ落ちてしまっている教会の天井を見上げ、「こんなこったろうと思ったよ」とノエルは小さく呟く。 教会の周りをゆっくりと歩く。すると、丁度真裏に位置する辺りに何か、激しい力を受けて木っ端微塵になったのだと思われる岩の欠片が散乱しているのが見つかった。その沢山の岩の欠片の中から、微弱ながらも力の流れを感じ取り、ノエルは欠片の一つを手に取ってみる。 「……ここに、カタリナは封印されていたんだな」 手に取った岩にうっすらと刻まれていたのは、破邪の力を司る 岩の砕け散り方から見て、外部からの衝撃で壊れたわけでは無い。多分、カタリナを倒し、封印した神父が死んだ為に封印の効力が弱まり、彼女自身が封印を破ったのだろうと彼は見当をつけた。 ……ま。 俺にゃ、関係の無い話だけどな。 シィラが、押し殺した悲鳴を上げる。 「ノエル……っ!見てッ!?」 ふわり。 一つ。 ふわり。 また、一つ。 二人の周りに、カタリナの使い魔を彷彿とさせる黒い塊が浮かび上がった。それは、徐々に数を増してゆっくりと漂いながら二人の周りに集まって来る。 「これ……カタリナの犠牲になった人達の魂……。まだ、解放されて無いんだよ……っ」 「って事は、九十九もいるわけか?そりゃ、ちっとキッツイな」 「……助けてって言ってる……。暗くて苦しいって……。とっても寒いんだって……。このままだったら皆、救われない魂になってしまうわ。救いを求めて、現世を彷徨い続ける事になってしまう……」 そう言ったシィラの身体も小刻みに震えている。耳を押さえ、嫌々をするように首を振る彼女を見、ノエルは一言「休んでろ」と言った。 「でも……でも……っ」 「心配ねぇって。これでも一応、時期大司祭様だからな。迷える魂を導いてやるのは慣れてんのさ」 「……破門されてるクセに」 そりゃ、お前の所為だろうが、とはノエルは言わなかった。その代わり、妙に落ち着いたような奇妙な笑みを浮かべて、「いると怪我するぞ」と言う。 「手元が狂って、お前まで導いちまったら困るだろ?」 俺の魔法は、ただでさえお前と相性悪いんだから。 そうこうしているうちにも、魂は増え続けている。周りを見回し、ぐずぐずしている場合では無いと、シィラはやっと心を決めたようだった。 「……うん。それってとっても困る。折角久しぶりに外に出れたんだから、まだまだ遊びたいのよね」 ホントのホントに、大丈夫よね? ノエルが頷いたのを見、シィラの姿がふっと消える。 それを確認し、一度肩で大きく息をつくと、ノエルは呪文の詠唱に入った。 「我、命じるは浄化の白。我の命に従い、迷える者達を導きたまえ。其に待ち受ける審判の時、迷わずに進む事が出来ますように。我が名は、ノエル=セイグラント――」 ――ぽぅ。 最初に立ち上ったのは、ほのかに柔らかな光。すぐに消えてしまいそうな程、弱々しいその光は、だが何処か心をほっとさせる暖かさを持っていた。ノエルの唱えた魔法で生み出された優しい光は、彼を中心にさぁっと一気に村中を駆け巡って行く。 光に触れた魂達は瞬間ゆらりと揺れ、まるで蜘蛛の巣に掛かったかのようにその動きを止めた。せめてもの抵抗なのか、そこから逃げ出そうと小刻みにその姿を震わせる。 動きを止めた魂達の中心で、ノエルの呪文の詠唱は続く。 「――汝らが飲み込まれようとしている暗黒の中に救いを求めるのなら、我の声を聞くが良い。我の声に耳を傾け、我の言葉に身を委ねるが良い。今、これより審判の時。審判の黒が与える物は、赤の炎か復活の緑。赤の炎は消滅を、復活の緑は安らぎを汝らに約束するだろう。心して受けるが良い。汝らに、神のご加護があらん事を――。セイグラントの名に置いて命ずる。 力ある言葉と共に。 詠唱の間に村中を覆っていた白い柔らかな光が、一瞬にして黒い攻撃的な光に変わった。黒い光は、動きを封じられている魂達を飲み込み弾けて行く。 ずきりと、左胸が痛んだ。 心臓が押し潰されそうな圧迫感を感じ、ノエルは顔をしかめて教会の壁に寄りかかる。やって来た痛みに思わず押さえた心臓の位置に、何が存在するのか彼は知っていたから、ただ黙って耐えるだけだ。 そこにあるのは、悪魔との――シィラとの契約の証。 普通の浄化魔法では、自分にまで影響が出る事はほとんど無い。だが、あまりにも強力な魔法であれば、契約者である彼にも反作用が出てしまう。それが例え、自分自身が唱えた魔法であったとしても。 彼の手を離れた黒い光は、まるで自分の意志を持っているかのように魂を包み込んでは弾けて行く。弾けた後に残るのは、炎の如き赤き光か若葉の如き淡緑の光か。 「……アフターケアも万全じゃなきゃな」 魔法で引き起こした審判の嵐が収まってから、彼は自虐気味に呟いた。胸の痛みは、魔法の収まりと共に静まっている。壁に寄りかかったまま地面を見つめ、ふぅっと肩で大きく息をついた。 ぴょこんとシィラが姿を現した。 「ノエルぅ〜。一体何をしたのよぅ〜?」 辺りに漂っていた魂が一つも見当たらないのを確認し、シィラが唖然としたように言う。 彼女には、極光魔法の事は教えていなかった。そんなモノを使用出来るというのがバレたらきっと、彼の身体の方を気遣って一生懸命使わせないようにと頑張るだろう。 ――だから。 「何って。導いてあげるんだってさっき言っただろ?」 そう言って、空を見上げる。つられて、シィラも明るくなってきた夜空を見上げた。 「あ……!」 見上げた夜空には、ゆるゆると昇って行く沢山の魂達。星よりも明るい光を放つそれらが、白ばんで来た空を彩っている。 「……綺麗……」 思わず口をついて出た。ノエルからの返答は無い。 彼はただ黙って、何処か遠くを見ているようだった。 遠い昔、神の力を宿したとされる、伝説の遺産。 それを手にした者は、神の力を望むがままに扱う事が出来ると言う。 遠くない未来、彼はそれを巡る運命の輪に巻き込まれて行く事になるのだが―― ――それはまた、別の話である。 |