俺の相棒、エドガー・ガルフレッドは勇者だ。
 とある町で聖剣とやらを抜いたせいで勇者扱いをされているのだ。
 俺から見ればこいつほど勇者っぽくない奴を勇者扱いする人間の気が知れない。
 なんと言っても、弱者を助け強者を挫くなどという考えからかけ離れている。
 ある時なんか、助けを求めてきた男に、『いくらくれる?』などと聞いたのだ。まあ、そこは超優秀で腕が立ち、百戦錬磨のこの俺がフォローしてやったからいいものの、その事件もいつの間にかエドの手柄になってるし。  周りの人間から見れば俺は『勇者様の相棒』らしく、誰も『俺の相棒が勇者』とは言ってくれない。
 クソッ・・なんで俺がこんなただの力馬鹿のオマケみたいな扱いなんだ?
「よくいらっしゃいました、勇者様。お疲れでしょう・・私達の町の一番の宿でごゆっくりしていって下さい」
「・・・・・ああ」
 無愛想に応じて、エドは町長らしい男の横を素通りしていく。
 男は、初めて俺を見つけたような顔で言ってきた。
「ああ・・・相棒の魔導師さんもごゆっくり」
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 喧嘩売ってんのかぁ?!
 しかし俺の口からは、罵声が出ることはない。
「すまないな。ありがたくご好意に甘えさせてもらう」
 くっ・・・我ながら自分の事なかれ主義が憎らしいぜ。こんなオヤジ、一撃で吹っ飛ばせるってのに。俺に感謝しろ感謝。
 町の中に入ると、さらに苛立たしい世界が広がっていた。
 どいつもこいつも、『勇者様万歳』だとか、『勇者御一行歓迎』とか書いてある旗を振ってやがる。エドには黄色い歓声が飛び、俺には誰も見向きもしない。
・・・毎度のことだが、むかつく話だ。
俺の心情など気づきもしないで、エドが言う。
「なあ、ティン。いつも思うんだけどよ、こいつら馬鹿なんじゃねえか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、絶対にそうだろうよ」
 くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
 よってたかって、俺のことを何だと思ってやがる?!


 俺の名はティン・エイスマーク。
 豊かな才能と血の滲む努力で強力な力を手にした魔法使いだ。
 俺の真の実力を目の当たりにすれば、『勇者様の相棒』などという不名誉なレッテルは絶対に払拭できるに違いない。
 問題は、俺が本気を出したら見物人が死んでもおかしくないということか・・。
 俺達二人は、最高級の宿とやらを夜になってから抜け出した。
 まあ、都会でも同じような扱いなので、この町の最高級と言われても『これが?』としか言いようがない。贅沢というのは怖いな・・・。
 エドが、後ろを着いていく俺を不振げな顔で振り返った。
「なんだよ、どっか行くのか? それとも俺と一緒の所か?」
「そんなわけねえだろ。俺は俺のしたい事をするんだよ」
 どんなことが起ころうと、夜中にこいつにだけは着いて行きたくない。毎夜毎夜、女が山ほど集まっている店に行ってる勇者というのも考え物だが、そこまで俺は関知する気はない。
 評判なんか下がっちまえばいいんだ。
「そうか。昼までには帰るからな」
「・・・・おう」
 不健全なことを言う相棒に頷いて、俺達は別れた。
 そもそも、こんな田舎に来たいと言ったのは俺の方だった。なぜかと言うと、最近、この辺りで幽霊の女が出没するという噂があるのだ。退治に行くわけではなく、単純に会いに行くのだ。
 俺はアンデット好きな変態とは違うぞ。魔道学的見地からして、幽霊と呼ばれるものは二種類ある。
 一つは、本物のアンデット。もう一方は、自我を持つ精霊だ。
 精霊は自我を持つと、何らかの姿をとることが多いので誤解されやすいのだ。精霊には三段階のランクがあり、自我を持つ精霊は中位と高位の中間のレベルとされる。中位に位置する精霊は属性精霊エレメンタルと呼ばれ、火や水、風、土といった要素を持っている。高位に位置する精霊は霊獣フォースと呼ばれ、火や水のような要素だけではなく、鋼や血といった物理的な要素を持ち、しかも具現化している。
 当然レベルが上なだけあって、霊獣の方がはるかに強力な力を持っている。
 つまり俺は、幽霊を霊獣にしてやるために来たのだ。
 霊獣に進化した上で、強力で馬鹿な奴なら消滅させ、強力で頭のいい奴なら自分のものにし、無力な奴なら無視する。
 ・・・エドが聞いたら、『なんて身勝手な奴だ』とか言いそうだな。そう言われても仕方ないが、頭の悪い霊獣というのは本当に始末が悪い。下手クソな魔法使いに着いて行き、勝手に暴走することがあるのだ。
 半モンスター化した霊獣を倒してくれと頼まれることもあるのだから、俺のやってることは慈善事業・・・・・・のはずだ。
 なぜか後ろめたさを感じながら、俺は幽霊出没ポイントである森の入り口にやって来た。
 来たのはいいが、簡単には出ないだろうな。
 俺がそう思っていると、背筋に寒気が走った。
「・・・なんだ?」
 有角人並の勘を持つエドがいたなら、即座に答えを出しただろう。それがない俺は、経験と理論で推測するしかない。
 魔力が肌にまとわりついてくる感じに近い。しかしそれなら、生温い沼にでも入ったかのような肌触りがあるはず。なら、この体を襲う寒気はなんだ?
 本物のアンデッド特有の悪寒だ――俺が多少の落胆とともにそう結論付けた時、いたるところから亡者が現れた。
 幽霊ゴースト動死体ゾンビが計十体。俺の敵じゃない。
風の精霊シルフ!」
 呼び声に応え、白い衣を纏った小人の姿をした精霊が現れた。俺の意に従って、精霊達は鎌鼬を発生させる。成仏も叶わなかった亡者を切り刻み、あっという間に四散させた。
「安らかに眠ってくれ・・・俺を恨んだりするんじゃねえぞ」
 軽口を叩いてみても、俺の気分はよろしくなかった。運がよければ霊獣を手に入られると思っていただけに、アンデッドを倒しただけでは気が治まらない。
「くそっ・・なんで世の中ってのはこう・・・・不条理なんだ」
『そう? 被害妄想じゃない?』
 ??!!!
 俺の愚痴に返ってきた言葉は、女のものだった。しかし、普通の声ではない。鼓膜に届いたというよりは、頭に響いたような感じだった。
 まだ周囲を飛び回っていた風の精霊に警告を出して、俺は相手を探す。
 まさか・・・・本当にいるのか? もしそうなら嬉しい限りだが・・・。
「・・・いた!」
 森の中に入っていく姿の透けた女を見つけて、俺は駆け出した。
 とはいえ今は夜中だ。足元はおぼつかず、目の前の枝も鬱陶しいことこの上ない。見失うんじゃないかと前を見て、俺は舌打ちした。
 女は止まって、俺の方を見ている。待っているのだ。
 誘ってやがるのか・・・・!
 霊獣フォースになりかけている精霊に誘われるというのも変な気分だが、来てほしいなら行ってやろうじゃないか。
・・・走り出して五分もしないうちに、俺は洞窟の前に来ていた。女の姿はない。十中八九、この洞窟に入ったのだろう。
 俺は下位に位置する精霊、無形精霊イットを呼び出した。無形精霊は、術者の望む要素を得ることができる、応用性の高い精霊だ。ただし、先程の戦闘で使った風の精霊シルフと同じ数の無形精霊で風を起こしても、同じ威力は望めない。半分がいいところだろう。
 応用性の高さを使って変幻自在な攻撃をする魔法使いもいるが、俺は属性精霊エレメンタルを大量に召喚して圧倒する主義だ。その方が早いし派手だし、何より気分がいい。
 まあ、俺の主義はともかく、無形精霊は便利だ。今は光の塊へと姿を変え、洞窟の中を照らしてくれる。
 進み始めた俺は、すぐに地面に転がっている人骨を見つけた。ダンジョンには珍しくないのでいちいち騒がないが、多分こいつらは俺と同じ考えだったのだろう。霊獣フォースを手にしようとして、魔物に返り討ちにでもされたか。
「・・・・・ということは・・・」
「グオゥ!」
 洞窟の奥から響いてきた咆哮に、俺は脚を止めた。光と化している無形精霊はそのまま進ませ、俺は風の精霊を呼び出す。
 光を受けて、魔物の赤い双眸がきらめいた。知能が低く、群れる習性を持つゴブリンだ。おそらく、奥にはかなりの数がいるだろう。
 しかし、
「俺の敵じゃねえな」
 呟きと同時に、幾重もの鎌鼬が生まれた。一本道の洞窟の中では逃げ場はなく、ゴブリンの群れは次々と倒れる。
 ・・・手応えがないな。
 俺はある推論を立てながら、洞窟の奥に進む。
 奥に行けば行くほど分かる。ここは魔物の巣窟だ。
 ゴブリン、オーク、インプ、トロル・・・・・。出てくる敵を端からふっ飛ばしながら、迷路のようになっている洞窟を進む。
「そろそろやばいな・・・・・」
 かなり中を歩き回ってから、俺は幾分か焦って呟いた。
 魔力がヤバイとか言うわけではない。俺の魔力は底なしに近いので、この程度の連続戦闘でもどうということはない。問題は、風の精霊だ。このような深い地中に入ると、当然ながら風が吹かない。風が吹かないということは、風の精霊の力が思う存分発揮できないということだ。
 おそらくこの先にはボスクラスの魔物が待ち構えているだろう。しかも、洞窟に入ってから女の幽霊の姿を見ていない。もしかすると、本物の幽霊ゴーストだったのかもしれない。
 俺は確かに強いが、属性精霊エレメンタルで使えるのは風の精霊シルフだけだ。ボスクラスに無形精霊イットでは効果がないだろうし・・・・。
「ちっ・・・だからってこのまま帰るのは癪だな」
 どうしたものか? 俺は立ち止まって、休憩ついでに頭を働かせた。
『あれ? もう疲れた?』
「ぉわっ?!」
 いきなり頭に響いた声音に、喫驚して声を漏らす。
 辺りを見回すが、女の姿はない。といっても相手は精霊か幽霊なのだから、俺が見えないようにすることもできるだろう。
「どこだ! 出て来い!!」
『はいはい。怒鳴らなくてもいいでしょ』
 ウゲッ! キモい!
 思わず口から出そうになった言葉を飲み込んで、俺はその光景を凝視した。岩壁から、女がニョキニョキと生えてきたのだ。
「・・・・・もうちょっと、ましな出方はできねえのか」
『なによ、出て来いって言ったのはそっちじゃない』
 口を尖らせた女の精霊は、心外だと言わんばかりに言い募った。
『だいたい、部屋で待ってたのに入って来ないし。アンタ、私に用があるんじゃないの?』
 なんか町娘みたいな人格だな、こいつ。自我を持つ精霊ってのは、もうちょっと気高い言動をとるんだが。もしかしたら、ただの馴れ馴れしい幽霊なのかも。
「そうだけどよ、部屋ってなんだ。部屋なんか一度も見てないぞ」
 どう思い返しても記憶にないので、俺は半眼になって言い返した。
 女はキョトンとして言う。
『あれ? 誰にでも分かると思うけどな』
「ま、どっちでもいい。・・・ああ、そうだ。一つ確認したいことがあるんだけどよ」
『なに?』
「・・・・・お前、精霊か? それとも幽霊か?」
 質問に、女は目をしばたいた。・・・ヤな予感がする。
『さあ? 自分でも分かんないのよね。どうやったら分かるの?』
 ・・・・・・そんなわけねえだろ・・・・・。
 一気に体から抜けた力に、俺は深々と嘆息してしまった。


 女が『部屋』だと言って、大岩を指した。
『ホラ、ここよ。どう? 見れば分かるでしょ?』
「分かるか、ボケェ!」
 女の言葉に、俺は思わず怒鳴り返した。
幽霊的発想なのかは知らないが、どう見ても部屋には見えない。
『なによ、自分の注意力がないだけじゃない』
 失礼なことを言いながら、女はしゃがみ込んで石を動かそうとした。当たり前だが、実体がないので触れることすら叶わなかったが。
 あの石がどうかしたのか? 俺は身をかがめて、石を持ち上げてみる。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・
 重低音を出して、目の前の大岩が左右に開いた。土の精霊(ノーム)の力を使った仕掛けか・・。
 女が、にっこりと笑って言う。
『本当にあったでしょ? やっぱり注意力散漫だったじゃない』
「・・・・・注意すりゃ見つかるってもんじゃねえだろ」
 脱力感を覚えながら中に入ると、音を響かせて大岩が塞がった。
 ・・・・女が挟まれたぞ、おい・・・・・・。
 やはり無傷で、女がなんともなさそうに岩をすり抜けて現れる。
『で、アンタは私に用があるんでしょ?』
「ああ。とりあえず、今からお前が精霊かどうか確かめるから、その辺に立ってろ」
『え、調べられるんだ。よかったぁ。私、自分が何なのか分かんないから心配だったのよね』
 ・・・・本当か?
 全く気にした様子がない女を睨みながら、俺は無形精霊イットを呼び出す。何の要素も与えないまま、女の頭上に移動させる。
 これは、一番手っ取り早い調べ方だ。近づけた無形精霊に要素を与えては戻し与えては戻しを繰り返す。そうすれば、この女の属性と同じになったとき――
『きゃあっ、なになに?!』
 部屋を凄まじい光が占領した。その中心にいる無形精霊に与えた要素は、 「鋼・・・しかも槍か」
 そう、槍だった。鋼の槍に姿を変えている無形精霊に意を伝え、部屋を灯すように変える。
 淡い光へと変化した精霊を見上げながら、女は興味津々な表情で聞いてきた。
『で、なんだったの?』
「槍だ。お前が霊獣フォースになったら、多分ヴァルキリーか、ワルキューレみたいになるんだろうな」
『へぇ〜〜。ところでさ、今さらだけど、アンタ名前はなんていうの? 私はフルーっていうの』
 いきなり話題を変えた精霊フルーに、俺はピンとくるものがあった。まだ顔には出さず、今まで通り答える。
「ティンだ。ティン・エイスマーク」
『ふうん、ティンね。ねえ、ティン、私を連れてくつもりなんでしょ?』
 ・・・・・もうちょっと言い方ってもんに気を使えよ・・・。
 相手の言葉に呆れつつ、俺は内心で考えながら話した。
「・・・さあな。お前が強いかどうかは、霊獣フォースになってみねえと分からねえし」
『ちょ、ちょっと待ってよ。一緒に連れてってよぉ!』
 予想通り慌て始めたフルーに、俺は首を振る。
「今のままじゃ駄目だ。力馬鹿だが・・俺には相棒がいるんでな。役立たずが増えても困るだけだ」
『そ、そんなぁ・・・じゃあ、どうやったら霊獣になれるの?』
「本当のことを言え」
 俺はいきなりハッキリと言った。憶測はとっくの昔に確信に変わっていたし、下手クソな演技に付き合っている暇もない。
 フルーはビクッと体を強ばらせるが、それでもとぼけて見せた。
『え? なに、いきなり?』
「この洞窟は、昔に作られた基地か、墓だろう? お前は多分・・・洞窟を作った魔法使いに長い間使われた属性精霊エレメンタルだろ」
『・・・・・・なんで分かったの?』
 悔しげに、フルーが聞いてくる。事実上の肯定にも、俺は推測を口にするだけだ。
「魔法使いが死んでも、お前はここを離れられなかった。時が経つにつれ、この洞窟には魔物が棲み始めた。当然ながら、お前は魔物を退治したかったはずだ。だから人前に出て、幽霊ゴーストの真似事をした。お前の自我は、長い時間の末にできたものだろう」
 もう、フルーはなにも言わない。それでも、俺は喋り続けた。
「なんで気づいたか? 答えは簡単だ。洞窟には知能の低い魔物しかいなかったからな。こういった場所の警備に使われる魔物は、半永久的に命令を遂行する人形ドール土巨人ゴーレムだからな。しかも、こんな隠し部屋があるってことは、人の手が加えられてるってことだ。・・どっか違うところがあったか?」
『ほとんど・・・正解よ』
 静かに答え、フルーはキッとこちらを睨んできた。
『ここは私の主人マスターの墓だもの! 墓荒らしも、魔物も、入る権利なんてないわ! だから・・・手伝ってよ! 魔物を倒して!』
 喚きながら泣き出した相手に、俺は苛立たしくなって吐き捨てた。
「断る。なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだ。義理も恩も情もねえし・・・そんな気分でもねえ」
『なら・・いいわよ。無理矢理にでも倒してもらうから』
 ん? どういう意味だ?
 フルーが、腕を振るった。
 身構えた刹那、俺の体は落下していた。


 おわっ?! ここはどこだ?!
 いきなり落下感から開放され、俺は転びそうになって手をついた。
 地面が石畳になっている。ここは洞窟の中なのか?
「ルガアアアアアアアアアア!!!!!」
「な、なんだ?!」
 顔を上げれば、赤い鱗の大蛇がこちらを睨みつけていた。
 まさかここは・・・・洞窟の最奥部か?! だとしたらこいつは・・ダンジョンボス?!
 無理矢理にでも倒してもらう・・・つまり俺は、隠し部屋から最奥部まで移動する仕掛けでここまで運ばれたのか・・・・。
「グルァァッ!!!」
 吠えて、蛇が突撃してくる! 巨大な頭部をぎりぎりで躱し、俺は走った。
 ここはかなり広く、逃げ場所には困らない。しかし――
風の精霊シルフ!!」
 呼び声にも、精霊は現れない。やはり、洞窟が深すぎて精霊が使えない・・・!
仕方なく無形精霊イットを召喚し、大蛇へと飛ばす。
「喰らえぇっ!」
 無形精霊が直撃する。予め要素を与えられていた精霊は、鱗に触れると同時に氷へと変わった。爬虫類系の魔物が苦手な冷気による攻撃だ。
「ジャアアアアアアアアアア!!!!!」
 大蛇は痛がるわけでもなく、もう一度突撃してきた。その動きにはダメージを受けたところなど見受けられない。
「くそっ!」
 罵声を漏らしながら、俺は横に飛んで避ける。だが、俺の眼前には尻尾が迫っていた。
 衝撃。
 くらくらする頭を必死に奮い立たせ、俺はなんとか立ち上がろうとする。見れば、俺が立っていた位置からかなり吹っ飛ばされている。咄嗟に無形精霊イットで防御しなかったら、死んでいてもおかしくなかった。
 毒々しいほど赤く細い舌を出しながら、大蛇は頭をこちらに向けた。
 体中に走る痛みに耐えながら、俺は何とか身を起こす。
『ティン・・・あなた、強いんじゃなかったの?!』
 フルーの声音が頭に響いた。クソッ、ただでさえ頭が痛いのに、頭の中で喋るんじゃねえよ・・・・。
 姿を現したフルーに、俺は怒鳴り散らした。
「うるせえっ! お前のわがままでこっちは死にそうなんだ!」
 こちらの怒りが伝わったのか、フルーは泣きそうな顔で言ってくる。
『だって・・・ティンはモンスターなんか敵じゃなかったじゃない・・』
 今は精霊について講義している暇はない。俺は駆け出しながら叫んだ。
「今は力が使えねえんだよ!」
 無形精霊を風に変化させて体を軽くし、なんとか大蛇の突進を躱す。
『でも・・・・このままじゃあ・・・・』
「ああ、死ぬだろうな。死んだら呪ってやるから覚悟しとけよ」
『そんな・・・! 私にできることは何かない?!』
 俺の言葉がショックだったのか、フルーが必死に言ってくる。
 ・・・・・クソッ、いまさらなにが『できること』だ。こいつが本気でする気になったら、霊獣フォースになって倒すことだってできたはず・・・・・・そうか、その手があるな。
 しかし、命が助かるかもしれないアイディアも、俺には屈辱のような気がした。それでも、他に名案は思い浮かばない。
「フルー! 今すぐお前を霊獣にしてやる! それで戦え!」
『ええっ?! でも・・』
「でも、なんだ?! 今お前にできることはそれしかない!」
『で、でも・・・・どうするの?』
「それは――」
 続きは口にできなかった。大蛇が、またも突進してきたからだ。俺は床に転がって、なんとか避けた。
 大蛇は勢いを止められず、またも壁へと激突する。
『あっ! ウソ・・・』
 フルーの体が震えた。大蛇が体当たりした壁は、この空間の一番奥の壁だ。壁がどうかしたのか・・・・?
 まさか?!
 よく見れば壁と蛇の間で、石製の箱が砕けている。おそらくあれは・・・この洞窟の主の棺だ。
 ショックを受けて動かなくなったフルーを見て、俺は決断した。
 できる限り無形精霊イットを召喚し、即座に鋼の槍という要素を与える。物体と化した精霊を掴んで、俺はフルーへと叩き付けた。
 バチッ!
 耳障りな音とともに、調べた時とは比べものにならないほどの光が放たれた。同一の要素を持つ精霊同士の共鳴反応だが、さっきとはあきらかに違う。無形精霊の数は数百もあるため、フルーへとかかる負荷が大きい。失敗すれば彼女は消滅してしまう。
 主人の墓を壊されたという怒りがある今なら、彼女はこの負荷にも耐えてくれるかもしれない・・・・!
『ああああああああああああああああっ!!!!!』
 絶叫が頭に響き渡った。刹那、俺の体は後ろに吹き飛んでいた。
 打ち付けた後頭部を押さえながら顔を上げると、彼女の姿があった。いや、半透明だったフルーは、いまや完全に具現化していた。長い金髪も、身にまとった鎧も、手に持った槍も、彼女の存在を知らしめている。
「私・・・霊獣フォースになったの?」
 頭に届く声ではない。耳を打った声音に、俺は頷く。
「ああ。戦えそうか?」
「分かんないけど・・・・やってみる」
 大蛇は今の光に驚いたのか、舌を出し入れしながらこちらを見やっている。  フルーが地を蹴った。
 人蹴りで高々と舞い上がったフルーは、そのまま大蛇の頭に向かっていく。これで、あの大蛇も終わりだ――しかし、俺の確信は甘かった。
「きゃあっ!」
 悲鳴に、激突音が続く。見れば、フルーが壁に減り込み、大蛇は巨体を地面に叩き付けたところだった。
 ・・・つまり、大蛇の体のバネを使った本気の攻撃が、フルーを吹っ飛ばしたのか?
 驚愕しながら、俺はフルーに駆け寄った。
「大丈夫か?!」
「う、うん。でも・・・あいつ早いよ。目で追えないもん」
 フルーの言うとおりだ。俺も今の攻撃は目に見えなかった。霊獣フォースだからこそ今の一撃を受けても無事ですんだのだろうが、何度も喰らえば消滅してしまうかもしれない。
「それに、どうやったらいいのかよく分かんないし・・」
 ・・・・俺は弱気なことを言うフルーを小突いた。
「な、なに?」
「思いっきりやればいいんだよ。とりあえず、天井を打ち抜いてくれ」
「て、天井を? なんで?」
 大蛇がとぐろを巻いている。さっきのがまた来る・・・!
「いいからやれ! 外まで打ち抜けばなんとかなる!」
「う、うん。分かった」
 俺の言葉に、フルーは頷く。地面に降りると、天井まで一気に跳び上がった!
「思いっっっっきりぃ!」
 掛け声とともに突き出された槍が、天井に突き刺さる。轟音が鳴り響いて、天井に亀裂が入る。霊獣の渾身の一撃に、土と岩の壁は砕け散った。
 よしっ! これなら!
 落盤と土煙が墓を支配する。潰されかけた大蛇は、無数の岩の隙間から姿を現した。
 そこへ、一陣の風が吹いた。土煙は流され、清々しい空気が辺りを満たす。  俺の姿を見つけた大蛇が、慄いたように動きを止めた。
 それも無理はない。俺の周りには、数千もの風の精霊シルフが舞っているのだから。俺が本気を出せば、これくらい造作もないことなのだ。
「グルル・・・・ルジャアアアアアアアアアアアア!!!!」
「行け!!」
 飛びかかってきた大蛇に、精霊達が襲い掛かる。
 全てを吹き飛ばすかのような凄まじい颶風が、蛇の巨体を細切れに切り裂いていった。
 俺は町へと帰ってきていた。
 俺の魔力は底なしなので全く問題ないが、体がきつい。鈍痛を抱えながらベッドにダイブすると、その上にフルーが飛び乗ってきた。
「ぐええええ・・・・せめて鎧を脱げ・・・・」
「あ、ゴメンゴメン。久しぶりのベッドだから感動しちゃって」
 詫びて、フルーはベッドから降りた。・・・・なんでエドの分のベッドで寝ないんだ?
 疑問を抱えながらも、俺は睡魔に身を委ねた。とにかく眠い。徹夜に近い仕事だったからな・・・。
 しかし、俺の口元は自然と綻んだ。
 なんといっても、霊獣フォースが手に入ったのだ。まあ、ここまで自我が強いと、『手に入った』と言うのも語弊があるかもしれないが。
 そして何より、エドが帰ってきた時のことが楽しみでならない。
 フルーを見たら、あいつはどんな顔をするだろうか・・・・・?
 楽しみに思いながら、俺は眠りについた。

[モドル]  [ヒトコト]